自分磨きも四十を過ぎると。

自分を磨き終わった(はずの)不惑の四十が、惑い惑う日々を綴っていきます。

ブログタイトルに込めた思い①

人の思いって、重いですよね(笑)。 

しかも、「①」なので、続く感、これまた重い(笑)。

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そんな(ドンナ?)声は、軽くいなしながら、タンタンと、そして、セツセツと、お話を続けます(イッポウツウコウ)。

 

「自分磨きも四十を過ぎると。」と、タイトルを付けたのは、わたくし、四十を過ぎたから(笑)。と、いうのは、おいておいて、十代の頃、二十代の頃、三十代の頃、と、四十を過ぎてからは、「自分磨き」をしよう、って心境(状況)に、当然ですが違いがあるな、と思っているからでして。

 

十代の頃、盗んだバイクで走り出さない、ですが、受験勉強を例にとると、「自分を磨く=勉強を頑張る」と、今の自分とは切り離された自分に成れる気がしてました、よね⁇

 

二十代の頃は、半ばそれまでの自分を受容しながらも、でも、頑張れば(=「自分を磨けば」)、それまでの自分とは切り離された自分に成れる、かもしれないと、思う時期。

 

三十代の頃は、なんか、受容の時期というか、なんか、もう、「自分を磨く」意味、そのものを問い直す時期。

 

そして、四十代。

 

「自分磨き」そのものが、人生なんだ、と、知る。「磨き」終わることはないし、仮に「磨き」終わったからといって、何も変わらない(何も変わらなくない)、と知る。「磨く」それ自体が、自分の人生で、そのプロセス(あえてカタカナ)を愛せない限り(楽しめない限り)、自分の人生を愛せない。「磨く」前の自分も、「磨き終わった(終わるの?)自分」も同じ自分。劇的に変わることはない、でも、変わり続けようとする、変わり続けようとしなくても変わっていっちゃう、ってことを知るのが、四十を超えたあたりかと、思っていまして。

 

そんな重い、いや重い、ちが、思いを込めて(カルク)、断酒とトライアスロン(モチロンシゴトモ)に、取り組んでいる様(×痴態)を書き留めて(晒して)おこう、と、続けています。

 

断酒も続いています。

 

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